2017年7月26日

最近考えたことなど

梅雨から夏は古本屋にとってはなかなか大変な季節だ。そういうときだから、一冊の本を買っていただけるということの重さが身に沁みる。いつの間にか、本が売れるということ、買って下さるひとがいるということに慣れてしまっていたのかも知れない。考えてみれば今のような時代に、たとえ一冊でも本が売れるということ、買って下さるひとがいるというのはすごいことなのだ。その面白さ、ふしぎ、かけがえのなさにもっと自覚的でありたい。


ご報告。今月15日に行われた「タワーズマルシェ@むさしの」に参加しました。16時から20時という短い時間でしたが、たくさんのひとに足を運んでいただくことができました。ありがとうございました。はじめて水中書店のことを知ったという方もちらほらおられて、店の宣伝ということでも有意義でした。それにしても暑かった。


某日。熊本の古書汽水社の佐藤さんから水中書店のことを教えてもらったという方が足を運んで下さる。こういうのはうれしい。俳句が好きな方で、好きな俳人や俳句の話もできてたのしかった。話しているうちに、お互いに俳句を読むのは大好きで、最近になって自分でもつくりはじめたばかりだということが分かって親近感を抱く。歳時記が読みものとしてめちゃくちゃ面白いという話。自分でつくるとなると難しいが、いざという時のために句帳は鞄に入れているという話。


そういうことで俳句のこと。先日池袋のジュンク堂でふと手にした藤井あかり『封緘』がとても気に入っている。「夏蝶にしばらく日陰なかりけり」「折紙を折れば夏至なる影をもつ」「夏至の日を映しおほせし水面かな」「書出しのインクを垂らしたき泉」「遠く見て風の重さの百日紅」「君家に着きたる頃の雷雨かな」「印刷屋すずしき音を立ててゐて」「もの書けば余白の生まれ秋隣」。とても好きになれそうな句集が傍らにあるというのがうれしい。好きなだけ飲んで構わないめちゃくちゃおいしい水がある、ような気持ち。


その流れで最近の読書のこと。ジョージ・オーウェルの『1984年』をハヤカワepi文庫の新訳で読んだ。ピンチョンによる解説付きのお得な一冊。あまりに有名な現代社会のあり方に警鐘を鳴らす寓話。細部にちりばめられた、主人公の管理社会以前の過去への想い(それは書物や手紙や硝子製のペーパーウェイトなどへの愛情のかたちで顕われる)にほだされる。


はじめに書いた梅雨から夏の古本屋の事情から、日常的に「本当に街に本屋は必要なのか」「そもそも本を読むことに意味はあるのか」などの極端な問いを突きつけられているような気持ちでいるのだけれど、ざっくり答えると、読書はたのしい。そして読書生活をより充実させるためにも街に本屋はあったほうがよい、と勢いで押し切っておきたい。では、今日はこのあたりで。

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