2017年6月20日

図書館に行った話

午後から妻と待ち合わせて、武蔵境の武蔵野プレイスへ(定休日の話です。念のため)。武蔵野プレイスは(くわしくは知らないのだけれど)一階のカフェでおいしいパンケーキを食べることのできるきれいな図書館です。わたしは図書館に行くときにも手持ちの本を読んでばかりで、ちょっと目線を移したいときに書架から一、二冊抜き出してきたり、ということが多い。今日は読みさしの千葉雅也『勉強の哲学』のつづきから。途中、書架から2007年に出ていた道の手帖『正岡子規』や饗庭孝男の評論集などを持ってきてパラパラと頁をめくる。こういうのがたのしい。夕方までそういう風に過ごして、千葉雅也『勉強の哲学』、リディア・デイヴィス『分解する』を読み終え。特に『勉強の哲学』は面白く読んだ。突き詰めると限りがなくなるはずの「勉強」を有限にするために個人の享楽が必須であるという話、そしてその享楽的なこだわりは、自分の興味関心の変遷や背景を反省していくことである程度変化させることができるのではないかという話に引き込まれた。そういうことで、今日はめずらしく本を一冊も買わず、替わりに池田澄子のエッセイ集を借りて帰路についたのでした。

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