2017年6月14日

空梅雨

「六月は学校が休みになる祝日がないから嫌いだ」というような台詞が『ドラえもん』にあるのだけれど、まあ、店などやっていると基本的に定休日のほかに休むことなどないうえに休めば休むで日銭が入ってこないわけで、六月に対しては好きも嫌いもなく、強いて言うならば紫陽花が美しい季節だという点では好きで、雨が降りすぎると売り上げが落ちるという点では嫌いです。それにしても、今のところあまり降らないですね。空梅雨になるのか、まだまだこれからなのか。それではまた最近のことを少しずつ書いてみます。


Aさんは近所にお住まいで、たまに寄っては詩集や句集を買ってくれたりする。もともとは音羽館によく足を運んで下さっていてこちらは顔を覚えていた。ある時、神保町で見かけて思わず話しかけて店のことが書いてある名刺を渡したのが縁で(自分にしては思い切ったものだ)足を運んで下さるようになった。はじめて来て下さったとき熱心に棚を見て、お会計の時に「ここは三井葉子があるんだからね」「いいよね」と笑ったのが印象的で、うれしくて、忘れられない。そのAさんが先日ある句集を見つけて、「これをずっと探してたんだ」「こんなことがあるんだ」「信じられない」とこれもまたAさんらしい屈託のない喜びようだった。目をきらきらさせて。こちらまで、胸がドキドキした。


そんなAさんの喜びようを目の当たりにしたものだから、Oさんと「見つけたときにあれだけ喜べるような探している本はあるだろうか」という話になった。「伊藤重夫かな」「なるほど」などと話していると、「伊藤重夫の『踊るミシン』復刊しますよ!」と売り場から声が。声の主は常連の男の子で、伊藤重夫の『踊るミシン』を復刊するためのクラウドファンディングが行われていると教えてくれた。早速わたしとOさんはそのクラウドファンディングに参加したのだった。


古本屋で働いていると名前の読みかたが変わっている作家をたくさん知ることになる。Oさんははじめて知る名前も多いようで、いちいち新鮮に驚いてくれるのが面白い。折口信夫、古山高麗雄、山川方夫、尾崎秀樹あたりはそういう話題の定番か。関係あるようであまり関係ないが、Oさんは俳号に「――子」と付くのを女性だと思い込んでいたそうで、俳句雑誌の巻頭グラビアを見て「女性だと思っていたひとが全員おじいさんだった」と言っていた。


最近の読書の話。ジェイン・オースティン『自負と偏見』を新潮文庫の小山太一による新訳で読んだ。「精緻な人間観察」とよく言われるあれこれだが、あるひとがこういう見方をしていて、それがあるきっかけで全くの別の見方をするようになる、というとてもシンプルな話法がなぜこれほど魅力的なのだろう。600頁を超える長編を飽きることなく一気に読み終えた。誰かと感想を分かち合いたい気分。ああ、それからエリザベスがミスター・ダーシーの留守中の邸宅で彼の肖像画を見る場面がとてもよかった。肖像画のなかから向けられる、その生き写しの眼差しに晒されることで彼の誠実さを思い知る。とても美しい場面で、後半の白眉だと思った。次は何を読もう。考え中。

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