2017年5月29日

五月

もうすぐ五月もおわり。このふた月のことを思うと、スタートと同時にやや体勢を崩し、その体勢を崩したままでどうにか走っているというような感じで、こころがおぼつかない。いつもこんなことばかりで、本当ならばうつくしいフォームで颯爽と走りたいのだけれど、これがほんとうに難しい。それでもどうにかやっていられるのは、やはりいつも本を買って下さるお客さまのおかげで、店員のおかげで、家族のおかげなのだと思っています。感謝。


20日の土曜日。とても暑かった土曜日に、Oさんに店番を任せ、高円寺コクテイル書房でのイベントに足を運んだ。岡崎武志さん、pippoさん、北條一浩さんの詩についてのトーク・イベントで、とてもよかった。在りし日の「ぽえむ・ぱろうる」の話。岡崎さんがはじめて詩というものに惹かれたのは鉄腕アトムなどのアニメの歌の歌詞だったのではないかという話。pippoさんが昆虫が好きで(初耳!)昆虫をモチーフにした詩を書いていたという話。行ってよかった。自分が詩を好きになったきっかけを思い返したりすることもできた。


このあいだの火曜日、大通りに沿って歩いていて紫陽花が立派に咲いているのを見かけた。大きさは立派でも色づきかたは浅く、季節と季節のあいだのうつくしさを見たような気がした。手元の歳時記によると紫陽花は夏の季語。別名に「七変化」「四葩」「手毬花」。例句として引かれているのは「紫陽花に馬が顔出す馬屋の口」(白秋)、「鍛冶の火を浴びて四葩の静かかな」(風生)、「紫陽花の浅黄のままの月夜かな」(花蓑)など。「四葩」という言いかたをはじめて知った。「よひら」と音もやわらかで気に入ってしまった。


その流れで俳句の話。Uさんからいただいた『青新人會作品集』をゆっくりと読んでいる。波多野爽波が主宰した『青』に発足した新人の会が刊行した合同句集で、今日はそのなかから鎌田恭輔のことを。「萍や紙漉きとうにすたれたる」「掃苔や日翳ればまた波の音」「城址とは風吹いて水澄むところ」などの過去への想いを透明感のある季語とともに詠んだ句に惹かれた。「日盛の庭掃く音も水の辺に」「青空のにごりを思ふ朝寝かな」などは風邪が治った後の、妙に頭のすっきりしているときのような物ごとの把握が思い出されてたのしい。次は岸本尚毅の作品を読んでみようと思う。


最後にあるひとたちとの印象的な出会いについて書きたかったのだけれど、相手のいることなので書いて構わないことなのかどうなのか、という気持ちにもなり、今日はここまで。機会を改めて書くかも知れず、書かないかも知れず。そんなこんなで、忙しくもどうにかやっています。このブログはお知らせや身辺雑記を軸に、少なくとも一、二週間に一度は更新していこうと思っています。よかったらまた覗いてください。ではでは。

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