2017年5月30日

購書日記(4)

読むスピードを買うスピードが上回ってしまうのが道理で、積読は微増の一途をたどるのだけれど、マンガだけは読む、買う、がほぼ同じぐらいのペースになる。そういうわけでマンガの話。つゆきゆるこ『ストレンジ』、春泥『ガンバレ!中村くん!!』、なかとかくみこ『塩田先生と雨井ちゃん』2巻を読む。『ストレンジ』は男同士の友情を共通のテーマにした短編集で、厳密にはBLではないのだけれど、BLは好きだけれどエロは不要と常々考えている自分にはとても面白かった。『ガンバレ!...』はOさんから見せてもらって画が気に入り、買おうと決めていた。私屋カヲルの『少年三白眼』を思わせる懐かしいキャラクター・デザインが好ましい。めちゃくちゃオススメ。『塩田先生...』も画が少しだけノスタルジックで、ギャグのお約束感がたまらない。話は替わって、マンガを探し求め、ひさびさに吉祥寺のジュンク堂に行ったときのこと。ついでと思い文芸のコーナーを見ると、前に来たときよりも詩歌の棚がかなり小さくなっていた。むむむむ。

2017年5月29日

五月

もうすぐ五月もおわり。このふた月のことを思うと、スタートと同時にやや体勢を崩し、その体勢を崩したままでどうにか走っているというような感じで、こころがおぼつかない。いつもこんなことばかりで、本当ならばうつくしいフォームで颯爽と走りたいのだけれど、これがほんとうに難しい。それでもどうにかやっていられるのは、やはりいつも本を買って下さるお客さまのおかげで、店員のおかげで、家族のおかげなのだと思っています。感謝。


20日の土曜日。とても暑かった土曜日に、Oさんに店番を任せ、高円寺コクテイル書房でのイベントに足を運んだ。岡崎武志さん、pippoさん、北條一浩さんの詩についてのトーク・イベントで、とてもよかった。在りし日の「ぽえむ・ぱろうる」の話。岡崎さんがはじめて詩というものに惹かれたのは鉄腕アトムなどのアニメの歌の歌詞だったのではないかという話。pippoさんが昆虫が好きで(初耳!)昆虫をモチーフにした詩を書いていたという話。行ってよかった。自分が詩を好きになったきっかけを思い返したりすることもできた。


このあいだの火曜日、大通りに沿って歩いていて紫陽花が立派に咲いているのを見かけた。大きさは立派でも色づきかたは浅く、季節と季節のあいだのうつくしさを見たような気がした。手元の歳時記によると紫陽花は夏の季語。別名に「七変化」「四葩」「手毬花」。例句として引かれているのは「紫陽花に馬が顔出す馬屋の口」(白秋)、「鍛冶の火を浴びて四葩の静かかな」(風生)、「紫陽花の浅黄のままの月夜かな」(花蓑)など。「四葩」という言いかたをはじめて知った。「よひら」と音もやわらかで気に入ってしまった。


その流れで俳句の話。Uさんからいただいた『青新人會作品集』をゆっくりと読んでいる。波多野爽波が主宰した『青』に発足した新人の会が刊行した合同句集で、今日はそのなかから鎌田恭輔のことを。「萍や紙漉きとうにすたれたる」「掃苔や日翳ればまた波の音」「城址とは風吹いて水澄むところ」などの過去への想いを透明感のある季語とともに詠んだ句に惹かれた。「日盛の庭掃く音も水の辺に」「青空のにごりを思ふ朝寝かな」などは風邪が治った後の、妙に頭のすっきりしているときのような物ごとの把握が思い出されてたのしい。次は岸本尚毅の作品を読んでみようと思う。


最後にあるひとたちとの印象的な出会いについて書きたかったのだけれど、相手のいることなので書いて構わないことなのかどうなのか、という気持ちにもなり、今日はここまで。機会を改めて書くかも知れず、書かないかも知れず。そんなこんなで、忙しくもどうにかやっています。このブログはお知らせや身辺雑記を軸に、少なくとも一、二週間に一度は更新していこうと思っています。よかったらまた覗いてください。ではでは。

2017年5月26日

新しい本

水中書店では、古書のほかに新刊書籍やリトルプレスも取り扱っています。今日はそのなかからいくつかを紹介させていただこうと思います。ほんとうは入荷してすぐにこうして紹介できれば一番なのですが、なかなか手がまわらず、すみません。ゆっくりやっていこうと思います。


小池正博の本

句集『転校生は蟻まみれ』(編集工房ノア)
2,160円(定価)

句集『水牛の余波』(邑書林)
1,000円(特別価格)

柳人、小池正博さんのことは瀬戸夏子さんから教えていただきました。少し前のことです。その名前を頭の片隅におき、別の日にたまたま池袋のジュンク堂でセレクション柳人シリーズ『小池正博集』を見つけて、立ち読みして、「これは面白い」としずかな衝撃を受けたのでした。2016年に編集工房ノアから句集『転校生は蟻まみれ』を出されていることに気づきすぐに注文しましたが(弊店ではノアの本を新刊で扱っていますので)、まもなく版元品切れに。途方に暮れているときに小池さん自身のご厚意で、著者在庫を卸していただけることになりました。
「泥の穴蜂が入っていく浄土」(『転校生…』)、「常温の寂しさ 絵合わせだろう」(同)、「水牛の余波かきわけて逢いにゆく」(『水牛の…』)、「曇天の蜜柑畑に皇子の骨」(同)。
こうして小池さんの句集を棚に並べることができ、うれしいです。小池さん、瀬戸さん、そして大阪の葉ね文庫さん、ありがとうございました。


俳誌二冊

『オルガン』2号、4号、5号、6号、7号、8号、9号
1,000円(定価)

『奎』創刊号
1,000円(定価)

『オルガン』は福田若之、宮﨑莉々香、宮本佳世乃、生駒大祐、田島健一、鴇田智哉による俳句同人誌です。
その存在を知ったのは、S書店のFくんから教えてもらったのが最初だと思います。すぐに新宿の紀伊國屋書店でそのときに出ていた5号を買い、一読とても好きになりました。座談会では毎号それぞれに興味深いテーマが選ばれ、何よりも同人の俳句そのものに同時代文学としての一歩踏み込んでくるような感動を覚えたのでした。「蝶といふ呼称少しく水含む」(生駒大祐)や「手の書きし言葉に封をする手かな」(鴇田智哉)などの句が特に好きになりました。
最新号の9号では、歌人の斉藤斎藤を招いての座談会が行われています。短歌に関心のあるひとにもおすすめです。
『奎』は小池康生を代表にして、主に関西地方の若手俳人が集まり創刊された俳句雑誌です。100頁をこえるボリュームに、30名以上の同人作品とそれぞれの創刊に際してのことば、稲畑汀子へのインタビュー、連載評論と、とても充実した内容です。ここでも好きな句を見つけましたが、あまり長々と書くのもよくないのでは、などとも思い、このあたりで。
今気づいたのですが、この文章から敬称が略されていますね。文体が定まらず、すみません。


ゆめみるけんり

『ゆめみるけんり』Vol. 1
300円(定価)

『ゆめみるけんり』は今一番ひとにすすめたいリトルプレスのひとつです。本誌はR・フロスト、A・ブロークらの詩、N・フョードロフの評論、ミケランジェロの短文、F・ペソアのプロットのほか、ドローイングや詩などの創作で構成されています。彼らのマニフェストに耳を傾けてみましょう。
「"どうやって?"と私たちは呟くことになります。通勤電車、満員のなかでどうやって詩を擁護していけるというのか?」「私たちは、個として、朝起き、地獄のような電車に乗り、会社に入り、仕事をし、会社から出て帰路につく。そのルーティンには、詩の入り込む隙間がありません。」「しかし思うのです。この人を人とも思わぬ満員電車の最中で、社会のなかで、それでもなお、私には詩への権利がある。」「それはしかし、社会的なものに反対するものとしての詩ではありません。私たちには生活があり、社会があり、その第三の道オルタナティヴとして考えてみたらどうでしょうか。私たちにとって詩は生きる経験だ、とても脆く危ういが、それは私たちの可能性だ。そういうことを愚直に、あいもかわらず、信じ続けていけるために。」
彼らのこうした考えに、わたしはとても共感します。このちいさな詩の本を、ぜひ弊店で手に取っていただきたいです。巻頭のエピグラフには、もちろんバシュラールが引かれています。


もっともっとたくさんの本を紹介したかったのですが、体力と時間が無くなってしまったので、今日はここまで。また仕事の合間に、こういう風に紹介していければと思います。ではでは、今日のところはおやすみなさい。

2017年5月23日

購書日記(3)

定休日。午前中は仕事。合間に金井美恵子の『待つこと、忘れること?』を読み終え。ここ数日、ひょんなきっかけで読み直していた。この作家への愛憎入り混る複雑な気持ちを確認しつつ。午後はある計画のために同じ中町のテオレマ・カフェの店主さんに時間を割いていただく。これについてはまた別の機会にくわしく。夕方前に荻窪のTitleへ。随分ひさしぶり。前々から気になっていたアーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』と、チママンダ・アディーチェ『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』の二冊を買う。余談だけれど、四月からいっしょに働いている店員のOさんは女性で、そこではフェミニズムの問題を無視することはできないという気持ちが強まってきている。この本が、そうした避けることのできない問題への水先案内人となってくれるだろうか。で、店内のカフェで読書。読みさしの松本清張の短編集を読み終え。目あての「菊枕」はいわゆる「俳壇」へのゴシップ的関心のほか、あまり感じるものがなく不快だったが、芥川賞受賞の「ある「小倉日記」伝」など収穫もあった。その後は同じ青梅街道沿いの古書モンガ堂まで歩き、石田波郷全集の端本と田中冬二の詩集を買う。少し買いすぎた。まだ書きたいことはあるのだけれど、今日はこのあたりで。

2017年5月16日

購書日記(2)

定休日。13時に歯医者に予約してあり、それまで読書。ハインラインの『夏への扉』を読み終え。爽やかな読後感。ひとを憎む気持ちよりも、ひとを慕う気持ちのほうが多くの場合には生産的なのだ。それにつけても福島正実の訳文の軽やかさ。宮田昇の『戦後「翻訳」風雲録』を読んで以来、この翻訳者であり編集者、SF作家でもある人物の文章に触れてみたいと思っていた。素晴らしい出会いだった。歯医者の後はテオレマ・カフェへ。水中書店のお客さんと話すと、三鷹に来て水中書店のほかどこへも寄らずにとんぼ返りしてしまうひとが多くて、常々もったいないと思っていた。たとえばこの北口のテオレマ・カフェに足を運んでほしい。損はさせない。わたしが保証する。その後は妻との待ち合わせまでのあいだ、南口の啓文堂へ。大浦康介『対面的――〈見つめ合い〉の人間学』とヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を買う。『対面的』は相対すること、眼差しを交わすことをめぐる断章。Oさんにすすめられて興味をそそられた。Oさん自身はみすず書房のInstagramで知ったのだそう。Instagramで自社以外の本も紹介しているみすず書房。すてきだ。夜は妻とリトルスター・レストランへ。本やこれからの愉しみの話。とてもよい休日だった。

2017年5月9日

購書日記(1)

定休日。午前中に洋書会への出品で神保町へ。三鷹へ戻ると歯医者の予約時間まで間があり、カフェで読書。ヴァージニア・ウルフ『船出』を読み終え。物語の佳境を迎える直前の、ある船上での夜の描写につよく打たれる。夕方、妻と中野で待ち合わせ。まずはあおい書店で文芸書の棚を眺める。桐野夏生『夜の谷を行く』、恩田陸『蜜蜂と遠雷』など気になるが、悩んだ末に川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』を買う。出てから一年以上になるが、今がタイミングのように思え。その後、早稲田通り沿いの古本案内処へ。トルーマン・カポーティ『誕生日の子どもたち』と松本清張『或る「小倉日記」伝』の二冊を432円で購入。カポーティはこの前『ティファニーで朝食を』を読み直し、改めて感動させられたのだった。清張は芥川賞受賞の表題作よりも、ある女流俳人の苦悩を描いた短編「菊枕」が目あて。どちらも読むのがたのしみだ。と言いつつ、読みはじめたのはハインラインの『夏への扉』。先週立川のオリオン書房で買ったもの。福島正実訳に引き込まれる。夜、食事をとりながら妻と古本案内処がどれほどたのしい古本屋かという話で盛りあがる。

2017年5月3日

四月中旬以降のこと

この半月ほどのことを、あまり順序立てずにつらつらと書いてみます。まずは店の現状のこと。自分のほかに従業員がほぼ常にいるということに、少しずつ慣れてきた。従業員のほうから「慣れてきましたね」などと言われてしまうのだから、まあ間違いないはず。すべて自分でやらなければ、と三年間ずっと力が入っていたのが少しずつ抜けてきたような気分。棚もひとりの人間の思考回路から外れ、これも少しずつ、複数のひとの手で作られたものへと変わってきているようで、これがたのしい。そんなこんなで、ちょうど月が替わりましたが、どうにか二人分の給与をひねり出せました。足を運んで下さったみなさま、本を買って下さったみなさま、本当にありがとうございました。


話は替わって、ここのところ、毎週金曜に八王子まで出張買取に行くというのが三週つづいた。八王子のなかでも東のほうで、有料道路を避けても車で一時間強ほどで到着する。たとえばEarth, Wind & Fireのベスト盤をかけながら行くと、ちょうど聴き終わるころに着く。国道沿いに大きな居酒屋やファミレス、ちょっとした娯楽施設がたくさんあり、自分がそこで暮らしているとしたらどういう風な生活をしているのだろう、などと想像してみたりもした。


出張買取の話になったので、先日品川へ行ったときのことを。品川は駅前の高いビルがたくさんある風景の印象がつよくて、住む場所として想像できずにいた。もちろん同じ区内でも地域によるのだろうが、今回足を運んだ一角はとてもすてきな町だった。歩道の広い通り沿いには葉の生い茂った木が立ち並び、小学校があったかと思えば洒落た飲食店もあったりする。マキヒロチの『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』は、吉祥寺で不動産屋を営む姉妹が毎回部屋を探しているひとに吉祥寺ではないほかの町の魅力を伝えることが、読者にも同じようにそれらの町の魅力を伝えることになるような構成のマンガでとても面白いのだけれど、はじめて読んだときに感じた既視感、既読感が気になっていた。今思うと、それは出張買取によるものだったような気がする。買取でいろいろな町へ行くと、その都度それぞれの町に魅力があることを知り、少し住みたくなる。


Mさんから聞いた話を。常連のMさんは仕事が終わった後によく赤ら顔で寄ってくれて、本の話もする。少し前に野見山暁治をすすめるととても気に入ってくれた。そのMさんが館山の実家の近所の回転寿司でひとりでいるとき、隣の席の男性が『続アトリエ日記』を読んでいたのだそうだ。迷った末に話しかけてみると、木更津で展覧会があり、その日は野見山暁治さんのトーク・イベントの後、そのまま帰るのが惜しいような気持ちになり館山まで足をのばしたということらしい。ほんの短い時間、野見山暁治や本の話に花を咲かせて別れたという。好きな画家の話に直に耳を傾ける機会に恵まれ、高揚した気持ちのやり場に困り、「ちょっと」とは言えない距離を移動して、そういう風にしてきた男性のことを思うと、なんだか堪らないような気持ちになる。


俳句のこと。市場で落札した本のなかに、裸本の寺山修司の句集があり、そのままツブすのも勿体なくて、ある火曜日に一日かけて読んだ。「目つむりいても吾を統ぶ五月の鷹」「燃ゆる頬花よりおこす誕生日」「父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し」「沈む陽に顔かくされて秋の人」「木の葉髪書けば書くほど失えり」「かくれんぼ三つかぞえて冬となる」「書物の起源冬のてのひら閉じひらき」「軒燕古書売りし日は海へ行く」など、好きな句をノートに書き写す。


最近の読書。佐藤正午『月の満ち欠け』を面白く読んだ。生まれ変わりをモチーフにした、少し怖くて少しロマンチックな話。出たばかりの長編小説を一気に読むということ自体もひさびさで、それも嬉しかった。ヴァージニア・ウルフ『船出』は今ちょうど読んでいるところで、上巻が終わって下巻の途中。訳文に馴染めず、例によって登場人物がとても多いこともあり、四苦八苦しながら。とは言え、面白いです。並行して読みはじめたのは朔太郎の『詩の原理』。これも面白い。今月はもう少し本を読む時間をとることができるといいのだけれど。